第二章 潤滑性能と耐久性相関関係を考察する
 人間に限らず、地球上で生命活動を営んでいる大小様々な生命体は寿命の長い短いという違いがあるにせよ、どこかでその生命活動を停止する。また、人間が作りだした建築物、機械、自動車も全てに寿命があるという話をしてきた。寿命が尽きるのは消耗限度に到達するからであり、例えばタイヤなどは走行距離増大で磨耗し、スリップマークが表れ寿命が尽きることはメカニズムに弱い人でも容易に理解できる筈だ。このように自動車はゴム製品、アルミニューム合金、鉄、鋳物、合成樹脂、ビニール、カーボン、皮等、その時代の化学製品が反映され、色々な材質を組み合わせで部品が製造される。それらの部品が数10万点も組み合わされて製造される。部品の寿命は材質や設計良否、使用条件、使用場所、使用方法などで大きく左右されてしまうので一概に断定できない。
新車ユーザーは特に、「馴らし運転は必要ですか?」「エンジンオイルは3000kmで交換したほうが良いのですか?」「MT&デファレンシャルオイルは何kmで交換したら良いのですか?」などと絶えずディーラーや販売店・ショップなどに質問を寄せる場合が多い。だが、対する回答は担当者の技術レベルにより違うから、ユーザーは余計迷うことになる。
ではエンジンから考えてみよう。ほとんどの人は新車は「当たりが付くまでは磨耗して切粉が発生し、その切粉が悪さをする」と想像して心配になってくる。新車の「初期当たり」と言っても、たった2000〜6000kmでエンジンオイルを交換しなければならないほどの切り粉が発生するとしたら逆に大問題である。エンジンオイルの中に目視では解らないほどの数ミクロンの微粒子発生ならば理解できるが、目視出来る程の切粉発生なら本当は異常であり、大問題なのである(ただし、旧型ミニはMT&デフオイルとエンジンオイルが共通であるため正常でも大きな切粉発生が普通に起きる。)
エンジン内部でほとんど切粉が発生しないことを理解できている私自身でさえ、ドイツ車のBMW3シリーズを購入した際は1年間オイル交換もなければ新車点検も行われないことに(異常があれば別だが)驚かされ最初は違和感を覚えた。同時期に購入した国産車のディーラーからはオイル無料交換券が送付されてきたというのに・・・長年の慣習ではこれが普通である。ではこの二者の対応の違いは一体何なのだろうかと考察すると・・・。日本人の持つ「こだわり」とディーラーが集客やサービス性のアピールの為に行っているのでは?という意図がが垣間見えてくる。また一般常識として1000〜3000kmでオイル交換を実施したほうが精神衛生上安心感が生まれるというものだ。しかしながら、いくら必要性が無いと説明されても心のどこかに「本当かな?」というささやかな疑心暗鬼があるかぎり、「交換しないよりは交換した方が良い。」と考えることは(悪くなることはないから)ある意味ヘルシーなことである。

エンジンの中で精密な部品が高速度で運動する部位は次の通りで超精密なクリアランス(隙間)が保たれている。
1.クランクシャフトのジャーナル部とメインメタルの隙間 30〜50ミクロン
2.クランクシャフトのピン部とコンロッドメタル隙間 20〜40ミクロン
3.ピストンとシリンダーとのクリアランス 30〜70ミクロン
4.カムシャフトとカム軸受けとのクリアランス 10〜30ミクロン
クリアランスはメーカーや車種により異なってくる。またレース車両の場合は、一般的仕様よりクリアランスを広く設計することが多い。このクリアランスがどれだけ狭いのかが理解できてくると話は伝わり易くなる。1ミクロンとは1ミリメートルの1,000分の1ミリである。となれば、クランクピンとコンロッドメタルとのクリアランスの最小値20ミクロンで考えると全周に渡って20ミクロンの隙間があるのではなく、片側に寄せた最大隙間であり、片側隙間で考えると半分の10ミクロン(1,000分の10=0.01mm)となる。では最大磨耗限度はどのくらいかと言えば、隙間が規定値の約2倍磨耗したときで走行距離にして通常なら15〜20万kmほど走行後となる。もちろん、これらの数値はメーカー設計値やメンテナンス、運転状況などで大きく変化することは言うまでもない。これが「切り粉」で考えると単位が大きく異なり軽く0.5mm、場合によっては1.0mm削れて発生する結果である。まるで単位が違ってくるので、本当はエンジンは切り粉が発生してはいけないメカニズムと認識しなければいけない。それが理解できてくれば、馴らし後のエンジンオイル交換はそれほど神経質になる必要性が無いことが理解できてくるはずだ。40年前の車はシリンダーブロックが鋳物で出来ていたのと同時に現代より製造技術が低かったため、鋳砂がオイルパンに落下してエンジン焼き付きの主原因のひとつとなっていた。そのため新車1000km点検で、エンジンオイル交換、オイルエレメント交換、シリンダーヘッド増し締め、タペット調整、コンタクトポイント擦り合わせ又は交換、スパークプラグ交換、重要部分増し締めが一般的点検調整作業であった。その頃の常識が今も変わらないものだと錯覚すると混乱をきたす。
向かって右側が藤沢
車はセドリックステーションワゴン
路面が砂利道であることに注目
上記1.2.3.項目のクリアランスは絶えず高回転で回転する部分であるので、オイルポンプで強制潤滑を行い高い油圧(良好な油膜の保持)で磨耗損傷、焼き付き防止を図っている。項目3.のカムシャフトの回転数はクランクシャフトの1/2回転だからエンジン回転数が6000回転時に3000回転で回っていることになる。オイル交換をしないで長期間(2〜5年間)補充だけを繰り返しているとオイルはヘドロのようにドロドロ状となり、ヘッド上部まで潤滑できずカムシャフト軸受けの潤滑不良で異音が発生して壊れてしまうことが多い。一見矛盾するトラブルであるが、高回転で回転するメインメタルとコンロッドメタルに沢山供給する必要性があるので、そちらに供給するオイルラインや給油穴は大きく設計されていて、回転数の低いカムシャフトは多くのオイルを供給する必要性が無い為、小さな給油穴となっている。更に、地球上にある重力作用でエンジン下部には行き易いが上部のカムシャフト側には行きにくいことが原因となり発生する。この例が示すように壊れた場合には、必ず幾つかの原因が裏に隠されている。メーカーの設計者がこのことを本当に理解していないと、オイルはメーカーの規定した交換サイクルで必ず実施されることを前提にした、細い給油穴での設計をしてしまう。すると、このケースでのトラブル発生率は高くなる。同じオイル・同様な使い方・同じオイル交換サイクル(但し、メーカー規定走行距離を越えて交換)の場合で、A社の車は何も問題が発生しないのに、B社の車にのみ発生する場合、B社にそれを指摘したとしても、それは「規定走行距離内でのオイル交換行わないのが悪い」ということになる。この辺りの技術的論点は微妙であり、頭脳明晰な技術者ほどギリギリの耐久性を与え「どうだ大丈夫だろう!」と自己啓示欲を満たす傾向を示す。
私の考え方は「許容限度の高い設計が故障を低減し、間違った使い方をされてもダメージが少ない」というスタンスである。このことを専門用語では「鈍感設計」と呼んだりするが、もう少し解り易い表現を用いると「限界値設計」と呼んだほうがピッタリくると思う。コンピューター解析が発達し、熟練技術者が少なくなってくると、経験と言う目に見えない長年のノウハウをどうやって継承出来るかが重要課題となってくる。
 許容限度が高い設計は、確かに重量の増加を招いたり、コストアップの要因となるので年々許容限度低減を図る傾向はいなめない。しかし、レースチューニングに代表されるような限界域での使用や大幅な改造を実施する場合など、大きなウイークポイントが露呈してしまうことも多くなり、重要部品の大幅改造を迫られたりする。昔の日産L型エンジンは大幅なボアー・アップを行うことが可能であるが、最新エンジンはボアーとボアー間が隣接するコンパクト設計が重要視されるので、許容限度はほんの少しである。
 多量の切粉が発生しないのはエンジンのみに通用する話で、マニュアルミッションやFR方式のデファレンシャルなどは新車時では沢山の切粉が発生する。この違いはなぜかと言えば、メカニズムの構造と作用に大きく関係している。
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2−1:ダメージは日々蓄積されてゆく内部的疲労(エンジン)

 少ない発生量とは言っても、切り粉が発生する側面を考察すれば、そこには「磨耗進行」という物理的現象が目視できない部分に隠されている。エンジン・AT・MT・デフ各部の磨耗損傷は、メカニズムの構造や作用により一様ではない。この項目ではエンジンについて詳しく解説してゆこう。エンジンは燃料を燃焼させエネルギーを発生している。化石燃料を精製したガソリンを燃焼させれば当然ながら煙、臭い、燃えカスが発生することは避けられない。
燃焼室内に吸引された混合気は、エンジンが3000rpmで回転中、一分間に1気筒当たり1500回も燃焼(爆発)を繰り返している。排気管内が黒く変色し、ススが付着するのはそのためである。完全燃焼に近づけば近づくほど、この黒いススは減少するので排気管内は綺麗になる理屈となる。排気管内を目視で確認、できれば指先で触って指に附着する濃さ(カーボン発生具合)をチェックする意味はここにある。内燃機関はまだまだ発展途上であり完璧なメカニズムではない。だから、メーカーは日々改良に励んだり、新技術を投入し改善を図っているのである。燃料の燃焼は燃焼室で行われているので燃焼により発生する燃えカス(カーボン)は、燃焼室内にも蓄積してゆき古くなると故障原因の要因となって悪影響が出てくる。
燃焼室構成部品
1:シリンダーヘッド側燃焼室
2:インテークバルブ&エキゾーストバルブの頭部(傘部分)
3:ピストン頭部
4:シリンダーの一部とヘッドガスケットの一部(断面部)
燃焼室は100%密閉された部屋ではなく、バルブは開閉し、ピストンは上下動を繰り返している。従ってバルブが開いた瞬間にポート側に少し燃焼後の気体は洩れる。ピストンに組み込まれたピストンリングには、合口隙間という僅かな隙間が設けられてるので、この隙間から僅かに洩れる。更にシリンダー内壁に接触可動するピストンリングは、100%の気体を密閉できるのではなく何%とかはオイルパン側に洩れてしまうことになる。これらの現象の中で燃えカスのカーボンは各部に蓄積し、内部的ダメージの元凶を作るので、蓄積はそのままエンジン性能低下や故障原因として次第に影響度を高めてゆく。従ってカーボン発生量が少ないエンジンほどオイル汚れも少ないしカーボンスラッジ発生量も少ないことになり、蓄積により発生する劣化や疲労は軽減されることになる。また発生したカーボンはバルブ開閉作動に伴いバルブシート傘部に附着してゆく。バルブ上下動作動寸法はノーマルエンジンでは7〜9mmリフトであり、カムシャフトにより押し下げられたバルブは、バルブスプリング反発力で急速に戻される作用を繰り返すので、バルブシートとバルブ当り面は叩かれるごとく密着する。エンジンが完全燃焼する基本的三要素のひとつは「良い圧縮」であり、バルブシート密着具合がカーボン蓄積やシート当り劣化によって規定の圧縮圧力から低下することにより、パワーを含めた総合出力は次第に低下してゆく。カーボンはピストントップの側面やピストンリングのトップリング周辺まで侵入し、附着蓄積し次第に悪い作用が発生し始める。カーボン粒子は最初は柔らかい炭を粉にしたようなパウダー状であるが、エンジンが暖気、冷却を繰り返したり、オイルやガソリン中に含まれる様々な成分と交じり合いながら、やがてスラッジへと変化し蓄積されることになる。ピストントップリングの別名はコンプレションリングと呼ばれるように、主に圧縮を保つ役目を受け持っている。5〜10万km(カーボン発生量やオイル交換サイクル、燃焼具合などで大きく変化するが)過ぎると、このトップリングがはめ込まれている溝の上下と内側にある小さな隙間は次第に埋め尽くされ、やがて固形化してゆき最終的にはピストン固着に至る。ピストンリングはスプリング張力により絶えずシリンダーに押し付けられ圧縮漏れを最小限にするべく収縮作用をしているが、固着により張力は封印され良好な圧縮は阻害されてしまう。「負の連鎖作用または悪い連鎖」により最終的に完全燃焼は悪化しエンジン出力は更に低下してゆくことになる。
このように人間が風邪をひくと喉が痛くなったり関節が痛くなるリ次第に抵抗力が低下し運が悪ければ死に至るのと同じように、ひとつの悪い要因が原因となって坂道を転げ落ちるように連鎖で劣化は進行してゆくことを私は「負の連鎖作用または悪の連鎖」と呼んでいる。
回転部分や摺動部分は絶えず磨耗損傷の危機に晒されているので、オイルやグリスの保護性能により潤滑保護しなければ即座にトラブルに直結してしまう。シリンダーとピストンリングの当り面はピストンスピードで表され、これはピストン往復運動の距離を直線距離に直して、時間当たりの距離との関係を平均速度で表したもので、一般的エンジンの平均ピストンスピードは1秒間に10メートルから10数メートルとなる。エンジンが動いている間は可動部は絶えず運動しているので、潤滑作用が100%保護できなかったことにより発生した磨耗損傷は、内部に疲労痕跡となって蓄積されてゆく。
このようにエンジン劣化のメカニズムは@磨耗損傷A堆積物の蓄積B部品耐用年数経過(タイミングベルトやオイルシール劣化など)の三要素が主な原因となって進行する。またオイルが急速に劣化してしまう場合の原因として、オイルの性能云々だけでなく、燃焼が悪いことに起因している場合があることなども考慮に入れて欲しい。ターボチャジャー、ディーゼルエンジンはカーボン発生量が多い。コンピューターチューンでECUを交換している車も同様である。また中古車購入では、それまでのオイル管理が悪くて内部に汚れが堆積しているケースも見受けられる。
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2−2:磨耗損傷がメカニズムに与える影響(オートマ)

 この項目ではオートマチックトランスミション(今後ATと書く)の「磨耗進行」とトラブルの関係について、詳しく解説してゆこう。ここでは判り易くATと構造が似ているブレーキと比較しながら説明する。
ブレーキを踏むとブレーキパッドがディスクローターに押し付けられ、摩擦力によって車は制動⇒停止するが、摩擦するパッド表面とローター表面は磨耗する。
note:
欧州車のブレーキパッドは基本的にローターに強く食い込む作用をするので(専門用語では攻撃性が高い)パッド&ローター磨耗が激しい代わりに制動力に優れる基本設計を採用している。一般的にはローター磨耗よりもパッド側磨耗が多いので磨耗により発生した粉塵はホイールを真っ黒に汚す。健康に問題を起こす恐れが高い石綿(アスベスト)が長年使用されてきたがアスベストが健康に与える問題点が明らかになり、建築素材と共に、自動車のノンアスベスト化が積極的に図られた。ブレーキパッド磨耗はブレーキを掛ける頻度と走行距離、走行条件で大枠は決定されるので日本の一般道路では通常3〜5万km走行でフロントパッドは磨耗限度に到達する。タイヤ磨耗もブレーキパッド磨耗とイコールに近い関係を呈する。この磨耗条件は日本での話でありアメリカでは日本のような曲がりくねった道や急な山道はほとんど見受けないのでエンジンオイル、タイヤ、ブレーキパッドが10万km持続したとしても何の不思議でもない。あまりにも条件が違い過ぎるので比較対象にならない。しかし、アメリカから輸入して日本で販売される商品の場合、自動車の事情に詳しくない会社が代理店として取り扱った際には、英文説明書をそのまま翻訳し説明文や宣伝コピー文として使用されるケースを見受ける。
これをATで考えると湿式多板クラッチはブレーキパッドと同様に、摩擦材が両面に薄く固着された円盤と、ローターと同じ役目をする金属円盤が交互に組み合わされ、エンジンで発生した動力を伝達している。ブレーキ(オイルで潤滑されない乾式クラッチのようなもの)と異なるのはATFにより冷却と潤滑が強制的に行われている(湿式多板クラッチ)点だ。エンジンオイルとATFの決定的違いは潤滑⇒摩擦低減ではなく、潤滑&伝達といった相反する要素を満たさなければならない点にある。ブレーキパッドと異なるもうひとつの違いは、AT多板クラッチ摩擦材の厚みは約1ミリ程と非常に薄い点で、ブレーキパッドの約8ミリほどの厚みとは比べ物にならないほど薄い。(ただし1枚では無いので1面当たり面積負担率で考えれば少ない負担で済む。)摩擦板はシフトアップ、シフトダウンの度に瞬間的な滑りが発生し、摩擦熱発生と磨耗微粒子が発生することにより磨耗損傷が進行してゆく。磨耗微粒子はATF中に混じることになるが粒子が大きいほど、また停車時間が長いほどオイルパン内に沈下蓄積してゆく理屈になる。ATF交換を長期間(走行約5万km以上)に渡って行わない車両をガソリンスタンドや修理工場に持ち込んでATF交換を依頼すると、多くの場合は断られることになる。ATF交換作業によって各部に沈殿堆積していたスラッジが再度浮遊を開始し、運が悪いとシフトバルブに噛み込んだりして変速に異常をきたすトラブルが発生するためである。走行距離が12万kmを超えバックしなくなった車両のATFレベルゲージを引き抜いたら、レベルゲージの先端に3センチほど磨耗したスラッジが堆積していたので驚いた経験がある。磁石で砂鉄を吸い付けると帯のように付着する原理と同一で、微細な磁力によって連なっていた。(この原理は強い力が掛かると内部に含有する微細な磁力が凝縮整理され磁力が高まるため)
ATの構造や材質はメーカーや車種により異なっているが、所詮、摩擦を利用したメカニズムでは「消耗」からは避けて通れない。しかし一部輸入車メーカーにおいてはATF無交換を指定しているメーカーも出てきている。また国産メーカーはメーカー推奨値とオイルライフサイクルとの格差が大きく広がってきている。どちらのケースも保障期間内に重大なトラブルが発生した場合は、保障対象となり無償修理が受けられるので、この期間中に車両を乗換える人には無関係の話だが、同じ車を長期間に渡り乗り続けたい人(乗り続けなければならない人)は、保障期間が過ぎても同じ車を乗り続けることとなるので、一歩踏み込んで新車から延命処置を考慮しなければならない。なぜならメーカー保障はあくまで保障期間内のみであり、期間終了後の修理代は全てユーザー負担となるからである。不思議と保障期間が過ぎた頃を境に重大トラブルは襲ってくることが多いものだ。(メーカーは耐用年数を考慮して保障期間を決めている)特にエンジン、AT,MT、エアコンなどの大掛かりな修理(OH等)は多大な出費を招くので修理すべきか買い替えするかの決断を迫られることになる。輸入車のベンツW140のATリビルト品載せ換えで約100万円、同じくアウディで60万円という見積書が出た。もちろん修理会社により金額は多少変化するし、国産車になればもっと安くなるが高額な修理代となることは避けられない。
国の道路事情、気候風土により、自動車の耐久性は大きな影響を受けることになる。日本は高温多湿であること以外にも、山坂や曲がりくねった道が多く、地方では道も狭く信号も多い。また都市部では至る所で渋滞が発生している。よって信号でのストップ&ゴーは頻繁に発生している。この状況は、エアコンを効かしたままで停止している時間が長く、また信号が変わると同時に次の信号までダッシュすることを意味している。故にそれだけAT(ATF)に負担が掛かる状況がそこに展開する。この事情を知らないで他国でOKだからと国内に国外仕様をそのまま適合しても、時間経過と共に問題点が浮き彫りとなってくる箇所が出ても何等不思議はない。背後には複雑な要素が隠されていることを知らなければ泣きをみるケースも出てくる。
メーカーにより定期交換部品やオイル交換時期が指定されているのは、これらの短期消耗品、中期消耗品を交換し復活させる作業であり、長期消耗品が限度に到達した場合は多大な出費が伴うので車の買い替えと発展することになる。実際、「ATの平均的寿命はどのくらいか?」と言われても答えに詰まる。市街地での使用が多ければ、ストップ・ゴーの繰り返しが多いほど磨耗が進行することになるので使用条件の違いで大きく変化してしまう。また、重大な欠陥やよほどの使用ミス、過酷な走行が無ければ日本車の場合は10万km前後と言えなくはないが、最低では6万km、最高で15万kmの人と大差がついてくる。中には15万kmを超える人も少数ながら見受ける。これだけ長期間で最終結果が出てくる場合は、何が効果的に作用して寿命が延びたのかを把握することが大変難しい。だから1台ではなく多くの台数を長年にわたり調査することで、初めて把握出来るデーターであり、それが重要な意味を持ってくるのである。
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2−3:磨耗損傷がメカニズムに与える影響(MT&デフ)

 日産のスポーツ部品を開発販売しているニッサン・モータースポーツ・インターナショナル(長い名称なのでニスモと呼ぶ)の前身、日産自動車広報部宣伝第四課(大森ワークス)で、現場での正規社員は私が一番最初だった。
真ん中が藤沢。後方にかすかにみえる車はロータスヨーロッパ。
レース車両はSR310フェアレディ
レース&ラリーオプションパーツの71B型クロスミッション組み立ては、日産吉原工場まで出向いて行ったがR190、R200型のLSD組み込みは私がメイン担当で大森(現ニスモの場所)で組み込み、主に輸出していた。
もちろんレース用エンジンチューニング&OH,ミッションOH,デフOH、ボディー改造など全てを経験することになる。独立後はトヨタAE86のMTリビルト作業、シリンダーヘッドチューニング作業も行うことになり、日産とトヨタのエンジン&MTの設計の違いを比較でき、新しい発見に驚かされることとなる。
 日産主力のミッションはメインシャフトにギヤを積み木細工のように(何の力もいらない)1速、2速、3速、4速ギヤをポンポン入れるだけなのに対して、トヨタAE86MTは油圧プレスを用いてギヤを分解、圧入しなければならなかった。生産性ではトヨタのほうが進歩的な方法を採用していると予想していたので、実際にOH作業をしてみると違いが理解できてくる。3速ギヤの入りが悪くなるMTが多かったので、OHするまでは「なぜだろう」と疑問に感じていた点も、OHしてみると「なんだ3速ギヤにベアリングを使用していないじゃないか」と原因が突き止められた。コストダウン目的でメインシャフトに直接3速ギヤがはまっているだけである。もちろんベアリングと同等の役目をさせるべく、スプライン(溝)を加工したり鏡面加工が施されている。一般の使用では問題が出なくても、少しオイルが悪かったり、操作が悪かったり、劣化が進行していたり、精度が悪かったり、激しい使用条件であったりすると弱さが露呈されてしまう。
AE86・サーキット走行をメインに行ったMTを下取りして分解した時、全てのギヤは驚くほど磨耗し細っていて、結果的にケース以外は再使用できる部品がなく、リビルト作業そのものを断念したことがある。(3速ギヤがベアリング無しで組み込まれ、損傷しているメインシャフトと3速ギヤの部品代だけで軽く47000円、全部の損傷部品を購入すると新品MT価格よりも高価。ちなみに当時のリビルト作業の平均は6万円が相場だった。)
 エンジンと異なり、異常磨耗は短時間に致命的ダメージを与えるものではなく、走行不能に陥ることも少なかった反面、内部的ダメージが進行してゆく代表例である。そもそもオイル交換時、ドレーンプラグに山のように切粉が附着する背景は、部品の磨耗損傷の結果である。出来る限り磨耗をさせないことが寿命を伸ばす簡単な方法である。これはオイル性能の優劣により目に見えて変わってくる。簡単な話、同じ使用条件、同じ走行距離で切粉の附着が少ないオイルが優れていることとなる。特に昔のミニはエンジン、MT,デフが一体構造でオイルも共通なので、普通の車より切粉発生(主にミッション&デフ)が多く、ドレーンプラグは磁石付でオイル交換は3000kmと規定されている。このミニでも磁石への切粉附着は使用オイル銘柄の違いによって歴然と差が出てくる。切粉発生は磨耗した(前項で解説したように磨耗と呼ぶより損傷に近い)証拠品であり「負の連鎖」につながる。発生した切粉はベアリングやエンジンにもダメージを与え、ギヤ入りが渋ければシンクロやシフトレバーにストレスが掛かり、磨耗損傷を加速させる。磨耗損傷でシンクロ機能が低下すればギヤは悲鳴を挙げ、見えない密室で更に切粉が発生する。反対にメカニズムが良好に機能していれば走行距離が増大してもシンクロ・ギヤは何の痛みも発生しないどころか、当たり面は良好となり、日増しに快調となっても何の不思議もない。私はこのことを「正の連鎖とか良き連鎖」と呼んでいる。このことは後でもっと詳しく解説しよう。
 レースシーンに数々の記録を残したスカイラインGT−Rを例にして説明すると、エンジンの性能をアップするとミッションやデフに負担が掛かる。これは鎖の話と同じで一番弱い所が必ず壊れるので、対策を打つことになる。ミッションに対策を打てば今度はデフが弱点として浮かび上がってくるので、デフに対策をすると回りまわってエンジンに対策は戻ってくる。この繰り返しの結果、耐久性は次第に高まってゆく。エンジンオイルはオイルクーラーの大きさを変えることで、ある程度自由に希望する油温(110〜120℃前後)に設定ができる。ミッションオイルクーラーは通常のレースでは色々な理由で取り付けできないが、最高油温は約115℃前後で収まっている。しかし、デフオイルは165℃以上にも上昇してしまうので対策が必要となり、フィン付カバーなどで色々と対策したがMAX温度は165℃より下がらなかった。この例が示すようにデフオイルの負担は想像以上に過酷なものである。オイルの特性を向上させ、それをクリアさせるのがオイル内・外部に含まれる添加剤であるが、実際にテストもしていないのに添加剤という名称だけで否定したり長期腐食を懸念したりする傾向が強いのは残念な話である。その理由は極めて簡単である。GT−Rのエンジン出力を受け止める駆動系負担の大きいデフのリングギヤ&ピニオンギヤはオイル潤滑性能が低ければアッという間に磨耗して焼き付いてしまう。レースで使用したオイルを走行後に抜こうものなら異常な臭気が周囲に漂う。この臭気の原因は極圧剤として添加されている硫黄が反応した臭いである。火山地帯に発生する硫黄ではなく石油を精製する際に取り出された工業用硫黄で、磨耗を防止する極圧剤として当時は盛んに使用されていた。(コスト的に安かったので、その時代は盛んに使用されてきた)。もちろん長期腐食にも深く関係している成分だが添加剤(内部添加剤=もともとオイルメーカーが添加している物)を添加しなければ、長期においての腐食がどうだこうだ議論する以前に、大きな切粉が発生するなどして結果は簡単に焼きついてしまうことになる。「鶏が先か卵が先か」とは異なり磨耗が先で磨耗を防ぐべく色々な成分が試行錯誤で使用されることを忘れては語れないのに、中途半端な人ほど肝心要な点を知らないので、表面上の部分や頭だけで推理した間違った理論を世に風潮し混乱させてしまう。これはレースに限った特別な世界ではなく一般車でも同じことが言える。塩素化合物も添加剤として有効な成分で、効果の非常に高い成分である。ただし近年になりオイル成分も環境に悪影響(燃焼時のダイオキシン発生・発ガン性成分含有など)を及ぼす恐れがある成分は特定有害物質として規制の枠がはめられ、輸入禁止処置が取られててきている。(6−1で詳しく解説)
塩素化合物(と言っても沢山の種類があり多種多様なのだが・・・)が化学成分は無知な人にかかると、実際は化学記号がひとつ違うだけで全く違う特性を示す物質であるにも関わらず、「塩素記号があるもの=塩素系=悪い」という中途半端な理論展開で諸悪の根源にしてしまう。オイルグレードがSHからSJ→SL→SMと短いスパンで新グレードに変化してきているのも環境に優しい(有害物排出低減)規制が強化されてきたためだ。このように極圧剤として塩素化合物、硫黄化合物、リン化合物、鉛セッケンなどが使用されてきたが、テクノロジーは一般人が知る由もない水面下で、着実に進歩している。だが、一般の素人レベルでは、テクノロジー(というよりにわか知識といった方が正しいだろう)は机上の上で依然30年前同然のレベルで存在し世を席捲している。それが真実(30年間のテクノロジーの成果)を否定する材料としてしばしば登場するのは、とても残念なことである。確かに多額の開発資金を投入した最先端の研究成果は、なかなか公に公開されるものではない。故に古いテクノロジーのみが公開され、一人歩きしてしまうのだろうが、新しいテクノロジーが一般に広く知られるようになるのは次世代の製品が生まれたときか長い月日が経過した後年になってからである。
 話を戻そう。最近はFF全盛であるが、FR車のリヤデフの構造が理解できれば、ワイパーと同じように原理的には原始的と思えてくる。その理由は、プロペラシャフトからの動力はピニオンギヤと呼ばれるスクリュー形状の特殊ギヤから、リングギヤに対し90度の角度変換を伴って伝達される。エンジンから発生する何百馬力という強大なパワーも、同じ理屈で伝達されているのだ。この90度の変換には、絶えず強大な摩擦力が発生する構造となっているので、大きなフリクションロスが歯面接触により発生していることになる。リングギヤとピニオンギヤ磨耗はやがてデフ・バックラシュが過大となり発進時やエンジンブレーキを掛けた瞬間に「ガツン」というショック&異音発生となって表れてくる。従って、デフオイル交換時に多量の切粉が発生すること自体が大問題なのだが、今までの常識では切粉が出ているのが当たり前であるという認識である。これを防止する目的で莫大な期間と費用を掛け、磨耗を最小限に防ぐオイルの開発が成されてきている。
切粉の大きさと長期腐食磨耗の大きさとを比較して考えてみよう。例えば小さな切粉を1メートルに拡大した場合、同じように長期腐食の影響度を拡大した際は、1ミリの大きさと思えば理解しやすいだろう。ポイントは何が一番重要事項なのかであり、枝葉の問題はあまり問題ではないのだが、中途半端な知識の場合が争点が大きくずれてしまう。
また、添加剤嫌い(否定派)は、全ての添加剤(市販される外部添加剤を毛嫌いする傾向を示す)を意味がない物として拒否する。人間に例えれば薬嫌いと似ている。薬の場合は確かに副作用もあるが、莫大な時間と多大な費用を掛け開発された有益な薬も数多い。ポイントは適材適所。薬を全て否定してしまったら命を失う人は確実に増加する。この薬と添加剤の話は同じような意味合いを持っている。
添加剤否定派に多い意見
A:元々オイルには添加剤が入っている。後から添加しても意味がない。
製品はコストの制約でほぼ決定されてしまうから、販売価格4リットル・1000〜3000円の品物の場合、原価率10〜20%として計算すると原価100〜600円。故に使用される内部添加剤は最大でも600円の枠内でしか選択出来ない。ただ値段さえ高くなれば性能に優れるとは限らないが、一般的にはどんな品物(成分)も、性能が高まるほど高価格になる傾向にある。従って、後から内部添加剤に含むことが出来ない性能の良い(高価格の)外部添加剤を投入して、効果が認められたとしても何の不思議でもない。ただし、あまりにも基本性能が低過ぎるオイルや、添加剤自体が粗悪品(安価な)であった場合は、結果としてA:の意見が肯定されることとなる。
B:一部分だけ性能を良くしてもバランスを崩すだけで良くはならない?
この意見も一見、的を得ているように受け取れるが大きく間違っている。その理由は後から外部添加剤を添加することによってベースオイルと添加剤の割合が崩れてしまうことは、この業界に精通している人ならば常識的知識ともいえる。確かに外部添加剤の中には、1〜2種類のみの単純成分でバランスを崩す製品(TVなどの流通に載せ、安価で販売を行う製品)も多々見受けられるが、これは流通マージン・輸送マージン・そしてTV広告マージン(これだけでかなりの費用を必要とする)などの費用を捻出するための、販売価格に対しての原価コスト比率に制約がある結果であるから当然のことである。対して、効果を優先して開発された高性能な外部添加剤(価格的には高価になってしまう場合が多い)は、複数の成分をバランス良く含有し、崩れを補正。トータルでの性能を向上させているので、混同して語ることはできない。またベースオイルを含有する別の目的は、粒子または微粒子タイプを主成分とする場合、ベースオイルに混合させスムーズな添加と混合分散(混じりあう)効果の促進を図っている。Aにも当てはまることだが販売(=原価コスト低減)にのみウェイトをおいたオイルの場合、高性能な極圧剤など使用できないので、後から磨耗防止や焼き付き損傷を防止する成分の添加は大きな意味を持つケースも出てくる。アメリカのレースチューン専門会社で無機モリブデンを愛用している有名な会社があった。エンジンに必ず一緒に付けてきて、注意書きにも必ず使用するよう書かれていた。長年の経験で使用したほうが結果が良かったと感じていたに違いないが、私はその効果度についてはっきりと確認できなかった。オイル開発に携わって研究を進めると始めて性能の低い成分だと解った。
また現在、新車の純正指定で多い0W−20などの超柔らかい粘度のエンジンオイルで、メカニカルノイズが気になる場合は固い粘度に交換する方法が一番良いのだが、オイル交換をしなくとも粘度指数向上剤(蜂蜜のようなねばり気の強い物を主成分とした)で少し粘度を固くし、油膜を厚くする方法も場合によっては有効となる。つまり目的に応じてオイルの弱い部分を補強することが出来る。何でも単純に言い切ってしまうことの怖さを忘れてはならない。
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2−4:レーシングカーは耐久性向上も最重要課題

高性能オイルを一般普通車に使用する必要性や意味合いがあるのかと問われれば、即座に「絶対に必要である」と答える。その理由は色々あるが、まず最初に認識して欲しいことは、激しく走行するレーシングカーは「速さのみを追求するのではなく、耐久性追及にも心血を注いでいる」ことを知って欲しい。一般的使用では問題が起きなくても、激しく走れば「ダメージが大きくなったり壊れやすくなる」などの欠点が浮かび上がってくることは至極当然な結果である。レースと一口で呼んでいるが10〜15周で争うスプリントレース(100m競争に似ている)1時間〜3時間ほどの中距離レース(800m競争や駅伝などに似ている)12時間〜ルマン24時間レース(マラソンに似ている)などの長距離レースに大別できる。スプリントレースは短時間ではあるが100m競争と似て、短時間で最大の力を発揮させるため、意外と故障発生率は高い。アスリートが肉離れしたりアキレス腱を痛めることに似ている。また中距離レースでも長距離レースに於いても故障はそのままリタイアに直結してしまうし、長距離になるほどダメージは大きくなる。リタイアとならなくても競争の世界では些細なトラブルでも命取りとなってしまい完走したとしても良い結果は残せない。だからレースでの1時間走行は一般道路での数万km走行したダメージより大きいと思われる。つまり短時間で耐久性を含めた弱い部分が明らかになってくる。
普通の何倍も速く走るためにはノーマルタイヤでは役不足と誰もが解る。スパークプラグも熱価の高いタイプに交換し、オイルも潤滑性能に優れる高粘度のものを選択する。エンジン使用回転数は一般高速道路を時速100kmで巡航するのであれば2000〜2800rpm程度と低回転。これがレースとなれば、決して巡航という訳にはいかないので最高回転数(車種によっては10000rpmにも及ぶ)まで回すことは決して珍しいことではない。F1マシンのエンジンが白煙を噴いて瞬時に壊れるのも、最高回転数は18000rpm、常用回転数12000〜16000rpmと驚愕するほどの高回転だからである。最高回転数が1000rpmアップしてゆくと、倍倍と増幅されて各部に負担が増大してゆくことになる。更なる部品強度向上と潤滑性向上が必要となってくるのは自然の成り行きである。一般道路での一般的な使用方法であればノーマル(純正)オイルでも即座に壊れることはない。実際には内部でのダメージが蓄積されるが、目視できない部分に関してのことなので一般の人には検討がつかないでいるだけのことである。長期間かけて壊れた場合、本当はオイル性能自体に問題があるのだがオイル性能に目を向けることはまずありえない。
ノーマルオイルから市販オイルに交換して、3万km走行後に排気管からの白煙とオイル消費が多いことに気づいたとしても「使用オイルの潤滑性能が悪かったのが原因」と何人の人が考えることだろうか?多くの人は「激しく走ったから仕方が無い」という考え方が大半を占めている。しかし、多くの場合、原因は使用オイルがシリンダーやピストンリング当り面の磨耗損傷を完全に保護しきれなかったことで発生している。短期間で重大トラブルが発生した場合は、何が原因か断定しやすいが、長期間になるほど原因追及は難しくなってくる。オイル潤滑レベルの性能差は短期間ではなく、長期間の検証によって始めて得られる結果であるので、見過ごしてしまったり原因となっていても普通は解からないまま、うやむやに終わってしまう。これは長年のアスベスト吸引による肺の疾患(肺がんや中皮腫)と非常に似ている。オイルではなくタイヤであればバーストや異常磨耗は目視で解るので誰でも簡単に理解出来るのだが・・・
耐久性向上対策として、コーナー横Gによるオイルパン内でのオイル片寄り防止対策のためのバッフルプレート改造・追加やストレーナー位置の高さ変更を実施する対策を盛り込むことも多い。また強化タイプ(吐出量アップ)オイルポンプに交換、オイル穴拡大加工、メタルクリアランスの測定と変更など幅広く検討し、対策を盛り込むことを実施する。これらは初期設計の出来不出来が大きく響いてくる。例えばサニーB10のA10型エンジンのクランクシャフト軸受け(メインメタル)は3箇所で受けるスリーベアリング方式であった。この時は対策をたくさん盛り込んでも、メタル焼き付きには正直悩ませられていたが、A12型(名機と呼ばれる)では、このウイークポイントを5箇所で受け止めるファイブベアリングとすることで解決され、嘘のように耐久性が向上したエンジンへと変貌を遂げることとなった。このようにレーシングカーでも一般車に於いても、オイル潤滑性能のレベルがどこにあるかは非常に重要な問題であり、メカニズム耐久性を決定づける最大要素に他ならない。

実際の開発現場(ニスモ&オーテックジャパン)でR16型エンジン(フェアレデイSP311)、U20型(フェアレデイSR311)、A10型(サニーB10),A12型(サニーB110&パルサーX1R),A14型(サニーB310),L14型(バイオレット&オースター),L16型(ブルーバード),L18型(ブルーバード)、L20型(スカイラインGC10)、L24型(フェアレデイZ),LZ14型(レース用),LZ16型(レース用),LZ20B型(レース用),S20型(スカイラインGTR),FJ20型(スカイライン&F3),VG30型(サファリラリー用)、VG30型(レース用)、FJ20T/C型グループC用、E13型(サニー),E15型(サニー),CA18型(F3レース用),VEJ30型(グループCカー)エンジンと20年間に渡り、レース&ラリー用エンジンの開発にも携わってきたが、その時はオイルメーカーから支給されたスペシャルオイルを用いてテスト&実戦を戦っていたので、オイル性能による車の変化や耐久性の違いまで追及する考え方は現場ではゼロだった(一部の技術者が検討していた可能性もあるかもしれないが)その時はクリアランスやオイル穴の改造、オイルパンバッフルプレートの改造など、まったく違った観点より対策を盛り込んで解決していた。
レース用タイヤは次々と試作品を比較テストしてゆくと、ラップタイムで1〜2秒(レースの世界での1秒は凄いアドバンテージ)変化するので、誰の目にも良否が明らかになり解りやすい。ではオイルはどうなのかと問えばレース関係者は100%近くオイル良否を判定できないのである。その理由は簡単で、レースエンジンは絶えず仕様を変更し、性能向上や耐久性向上を目指している。カムシャフト作動角の変更、カムプロフィール変更、バルブリフト変更、バルブタイミング変更、タペットクリアランス変更、バルブスプリング変更、ピストン形状変更、圧縮比変更、コンロッド変更、ポート変更、バルブサイズ変更、燃焼室形状変更、インダクションボックス変更など数え上げたらきりがない。それも同時に幾つも変更し、次のレースに勝負を掛けるわけだから、オイル変更まで手が回らないし、オイル性能がコロコロ変更になったら逆に何が性能アップの真の原因か解からなくなるのでオイルは同じ銘柄で開発を進める。
昔、「○○添加剤の明らかな効果で他車にグイグイ差をつけることが観客の注目を集めた」というような広告表現を見た記憶があるが、本当に潤滑(前出の広告は添加剤)の差でタイムアップしたとしても原因不明(バイクなどの少しの違いが顕著に表れる場合、スタッフなら効果が把握できるだろうが、観客は何が原因で速いのかまでは解る筈がない)で終わってしまう。その理由は何かと言えば「エンジン仕様は毎回変更してくるのが一般的だから」「ドライバーのその日の状態で大きく調子が変わる」「気温、風向き、サスペンションセッティング、空力変更、タイヤ変更」など毎回変化する要素がレースカーの場合多すぎる。ベンチ比較試験のためには、同じオイルでテストをしないと比較試験の意味を持たない。またオイル自体の比較試験はほとんど無かった。これはオイルメーカーの開発段階で行われてくるので、現場ではレース結果として出てくるのみだ。レース後に抜いたエンジンオイルをサンプルとしてオイルメーカーに送付して終了となる。オイルメーカーはこのサンプルから劣化具合(ガスクロマトグラフィーを用いて燃料希釈度合、全酸価、全塩基価、せん断安定性)を調査することになるが、メカニックはオイルの優劣ではなく「エンジン内部の磨耗損傷具合に興味があり」測定調査を実施する。このように一見一丸となっているようで、実は別々なアプローチで改善に取り組んでいることはあまり一般に知られていない。極限の性能を競い合うレースでは、逆に高性能オイルで1秒とか2秒とか目に見える速さで現れるのではなく、耐久性向上と高性能維持に大きく貢献する働きをすることになる。エンジン性能向上は常識とは反対に、市街地走行であまりアクセルを踏まない走りでもトルクアップ、レスポンスアップの恩恵を強く感じ取ることができる。またアクセルを強く踏んでハイペースで走行した際もゴーストップでのトルクアップやピックアップ、高回転の伸びで気持ちよさを感じ取る。、このように山坂や曲がりくねったブラインドコーナーが連続する一般道の方が、より恩恵を強く受けることになりオイル性能の善し悪しを常に感じ取ることができる。
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2−5:レースに関係するプロは意外とオイルにこだわらない

 一般の人から見ると、レース裏側の部分については別世界に見えるに違いない。プロ野球でもサッカーなど勝負結果に生活や人生を掛けるプロ集団は、個々のチームオーナー、チーム監督、スポンサー、技術責任者、ドライバーなど権限を持つ人の考え方が色濃く反映される。
上記写真はTSサニー110:
ドライバー黒澤元治選手とスタート前の会話を交わす藤沢((21歳の頃)
:富士スピードウェイ右回り6kmバンク使用の頃
予選1位で決勝スタート前:
予選は当時驚異的なコースレコード2分10秒前半で決勝も優勝する。
レースに当てはめ、大雑把にまとめると下記のようになる。(チーム構成により、異なる場合もある)
A:フレッシュマンレースなどを含め、趣味でレース、ジムカーナ、ラリー、ダートトライアルを楽しむ人。この人たちはオイルをまったく知らない人から本当に詳しい人まで色々である。オイルに詳しい人は、ほんの一握り。
 レースはお金が掛かる。だからオイル代も含めて安くあげようと考えるのが必然で、オイルにお金を掛けたくない。性能抜群のオイルを使用したら、勝負も有利、耐久性も有利、結果的に壊れにくいので、はるかに安くつくと理解している人は、ほとんど少数派である。もちろん、少しでも良い結果が出ればと、それなりのオイルや添加剤を使用する人は多い。レースは車と車の改造費の他にエントリー費、往復のガソリン代、高速代、駐車場代、食事、場合によっては宿泊代、タイヤ費用、オイル費用と出費がかさむので裏側は大変なのだ。だから資金がなくてレースにはまってしまうと最悪と言える。はっきり言ってレースの半分は腕(テクニック)ではなくお金の勝負(良い車、良い改造、良いメンテナンス)と言えなくもないのだから・・
B:ワンメークレースなどに代表されるように、レース経験を重ねてゆくと自然とタイヤとオイルのスポンサーが獲得できるようになる。目立つ活躍をすればメーカー側から「○○オイルを使って下さい」と話が持ちかけられ、チーム側としても経費削減は願ったりなので通常は簡単に話しが決まることが多い。当然ながらオイルメーカーのステッカーが契約条件として貼られることになる。また、エンジンチューニングは△△自動車などチューニングを専門とするショップが行っていることも多く、このショップが□□□オイルを気にいって使用していたりすると自然と□□□オイルがスポンサーとなるケースも多い。このように色々なオイルを比較して性能で決定されるよりも人脈や金銭(逆にスポンサー料として支払われる場合も多い)など、他の要因で決定される場合がほとんどである。
C:大きなレースになればなるほど、自動車メーカーが関係するチームや有名チューナーが関係するエンジンを搭載したレーシングカーとなる。こうなると有名オイルメーカーがスポンサーとなりステッカーが貼られることは、ほとんどの人が知っている。こういった契約は双方にメリットが生まれるために、製品を購入するケースはなくなる。(無償支給)オイルメーカーは開発と宣伝といった二つのメリットが生まれる。チーム側は経費節減と資金獲得、性能の良いオイル(試作品が多い)といった複数のメリットが生まれる。   
 タイヤもオイルと似たような感じに思えるが事情は大きく異なってくる。
昔、レースが始まった頃は、タイヤ・オイル・スパークプラグ・添加剤などのスポンサーは大会主催者が受け取り、ステッカーを強制で車両に貼らせていた。フロントフェンダーに貼れとか場所まで指示され、貼っていないと車検で落とされた。その頃、有名だったステッカーはNGKスパークプラグ、STP、岡本理研のOKマークなどであった。その後、チームやドライバーがスポンサーを獲得するように変化してゆく。
 このようにタイヤやオイルはドライバーまたはチームにとって重要な資金源であり、おろそかに出来ない部分となる。他でも解説してきたようにタイヤの違いは勝負に直結し勝敗まで分けるので、過去多くの明暗を分けてきた。これがオイルの話になるとレース関係者で「○○オイルで勝てた」という話は20年間のレース生活で一度も聞いたことがない。

私もレース経験が長かったので、有名チューナーや有名ドライバーとの親交も深い。私が見つけ出したオイル潤滑の新発見や高い潤滑性などの話をしてみるのだが、関心を寄せるプロはほとんど見受けない。彼らは、あくまで職人気質が強烈で形のあるメカニズムに手を加えて性能アップを図ることに喜びを見い出している。「オイルで良くなってしまったら俺達の腕の見せところが無い」とまで言い切る人もいた。でも、勝負の世界は非情で、規則の範囲内で効果的な品物は人に内緒で使いたがる。
 では、ドライバー自身がオイル性能の違いを見つけ出し、チームに提案したりするのかと言えば、これも一度も聞いたことがない。ただし、先ほどのスポンサーの関係でチームに多額な契約金が手に入る場合は違う。だから「性能で使うのではなく契約金で決まる」という大人の話となる。そこにはロマンとか理想とかけ離れた現金な話がある。他の項目で解説してきたように化学製品はつかみ所が無い。エンジン仕様やサスペンション仕様、それにタイヤや空力など各種盛りだくさんのメニューをこなしてレースに挑む訳だから、見えない所で活躍するオイルの存在は、極端に言い切ってしまえば「オイル量」「油圧」「油温」以外はさほど注目も意識もしていないというのが本音といえる。
 レース界を離れてオイルに注目し、製品開発を始めてから何年か経過して和田孝夫選手と出合う機会が訪れた。昔、TSサニーやアドバン車両で華々しく活躍していた頃は、サーキットで顔なじみで会話を交わした選手の一人であった。話は少し横道にそれるが、その少し前のレース界は今でも有名な選手がたくさんいた。レースメカニック駆け出し中の私であったが、サーキット内では食堂やピット裏で遭遇する機会はたくさんあった。名前を挙げさしていただくと、福沢幸雄選手(フランス人との混血でモデルをしていたほどハンサム)、河合稔選手(小川ローザと結婚直後に事故死)、細谷四方洋選手、高橋春邦選手などトヨタワークスドライバー、プリンス系では生沢徹選手ときりがない。日産ワークスドライバーは今更言うまでもないだろう。
 話をオイルに戻す。和田選手はワダ・レーシング・スポーツという会社を作りFJマシン(F3の下に属するフォーミュラーマシン)を用いてドライビング・テクニックを習得できるよう地道な活動を続けている。当然ながらテクニックの未熟な練習生に乗せると中には滅茶苦茶下手な人がいて、元々が弱いと言われているスバル製のミッションが痛めつけられスクール終了後にOHを必要としていた。これでは部品代、修理代に多額の出費がかさむ。そこで手前味噌ではあるが、私がリリースした添加剤(ATTACK X1)を数本プレゼントとして送った。半信半疑だった和田選手も送った製品を実際に使ってみてくれたようで、数日後に「添加剤でここまで変わるの?」とお礼を兼ねた電話があった。それ以来、すべてのマシンに常用してくれるまでに至り、現在では友人に勧めてくれるまでに至った。有難い限りである。ご承知のように和田選手はTSサニーで幾度と無く優勝を飾り、ルマン24時間レースにも出場している。そして現在では、私が最初感じたのと同様に「レースで使っていたら、もっと沢山勝てたのに!」という話をするのが挨拶代わりとなっていった。また、私と同じように「レースをやっている人はオイルをあまり知らない」というのも二人の得た結論だった。

大きなレース(F1,インディ、ルマン24H)で使用されるオイルは、スペシャルオイルで外部には秘密であり、オイル粘度さえ明らかにされていない。開発の初期段階とは異なり、この手のビッグレースでは、絶えずブレンドを変えたり素材を変えたりして結果を模索する最先端の開発現場でもある。レースの場合は短時間で交換が前提であり暖気運転も十分に行われるので使用温度範囲を広く設計しなくてもよいが高回転多用による過酷な使用条件にマッチングすべく、以下のような条件を考慮する必要性がある。
A:高回転、過負荷の連続による油膜切れの少ない性能。
B:高回転、過負荷の連続によるフリクション低減による油温→油圧の安定。
C:高回転、過負荷の連続による気泡増大の影響を最小限に抑制する性能。
D:燃料希釈による粘度低下の影響を受けにくい優れた潤滑性能。
E:その他、水温上昇、多量のブローバイガス、過酷な使用条件をクリアーする総合性能。

従って洗浄作用や腐食作用など、長期間使用される一般市街地オイルとは区別して製品開発されることが多い。洗浄剤、腐食防止剤、粘度指数向上剤などが添加されれば、その分だけ上記A〜Eの要求に答える成分が減少するために「不利」という考え方からきている。私はオイルに関しては、特にレース用と一般用とを区別していない。少しオイルの知識のある方なら「そんなことはない」と持論を展開するだろう。レース用と一口に言ってもレースは多種多彩であり、一般の人は区別がつきにくい。野球でたとえるとプロ野球の1軍、2軍、社会人野球、大学野球、高校野球、草野球などと幅広い。自動車レースだって同じ事でレベルによって話は変わってくる。レース専用オイルを必要とするのは特別に大きなレース(F1,インディ、ルマン24H)の話であり、そこまでの要求が無ければ高性能オイルであれば十分にレースで使用できてしまう。だがこのような背景を知る人は少ないので、レースで優勝した車両に貼られたステッカーの威力で商品を購入しようという動機が産まれる。実際に間違いなく使用されていれば、勝利したことは事実なのだが、その製品がどこまで勝利へのアドバンテージを与えたか、一般市販品にどこまで近い性能なのかなどは誰も知るよしはない。

私のリリースする製品も、以前よりワンメークレースや耐久レースを中心に使用されてきた経過がある。
そして昨年からはKPファクトリーTS車両をスポンサーして当社市販オイルを試している。
結果は油温ひとつ見ても余裕があるで、他チームが嫌がるくらいの過酷な条件(夏場のピーカンなどによる気温上昇)にならないかと走行前になるとチーム員一同が願っているほどである。
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第三章  純正仕様が本当に一番理想的なのか